2011年3月 1日, 火曜日

『そういう歳』

昨年に還暦を迎えたあたりから自分の身辺にいろいろな変化が起こってきた。自分の母が召され、妻の母も闘病の末に昨年末に召された。何人もの友人の訃報にも接した。懐かしい友に会うのがそういう機会しかないというのも悲しい事だ。「そういう歳になっちゃったんだよね」と友人がつぶやいた。そんな事がきっかけで、自分のこれからの人生をどう生きたらいいかなどと、つい考えてしまう。

にはやりたい事が沢山ある。せっかく古くからの音楽仲間と一緒に活動が出来るようになったのだから、本当はもっとやりたい。シンガーとしてはこんな曲を歌いたい、あんな曲を作りたいと言うのもある。趣味の陶芸もやればやる程面白さがわかってきてますます深みにはまりそうだ。やりたい事が沢山ある中で自分が最期に携わっていたいものはいったい何だろうと考えた時に、やるべき事がはっきりと見えてきた。それは福音を伝える事だった。カトリックの宣教が始まって642年、プロテスタントの宣教が始まって約150年。それでも日本はまだ99%に福音を届けなければならない未伝の地なのだ。ミクタム創設の時に心を燃やしていたもの、音楽で神に仕えていきたいという思いが今の自分の出発点だった。音楽伝道こそ自分に与えられた使命だと思っていた。その原点に立つ事が自分の人生の最終章の始まりなのだ。

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牧師になって20年。自分の牧師としての働きは決して成功とは言えない。しかし教会の大切さや教会を通しての可能性、教会を建て上げる難しさなど、様々な事を学んだ。そして思う事は教会に仕えたいと言う事だった。

「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ1:23)

自分が牧師になる事を決心したのもこの聖句からだった。もう一度音楽伝道の働きに人生を賭けようと思ったのも同じ聖句だった。幸いに妻が主任牧師を引き受けてくれたので聖日の外部での奉仕も可能になった。

さあ、出て行くぞ!

自分の人生の最終章がはっきりと見えてきたような気がする。そういう歳なのです。
「私の心は定まりました。」(詩篇57:7)

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