2008年8月 8日, 金曜日

「伝える義務」

止した「出会いのコンサート」が15年ぶりに復活した。ミクタム30周年、ユーオーディア20周年を記念して「音楽で福音を伝える」という私たちの原点にもう一度戻って出会いのコンサートをやろう、と意気投合し実現に至ったものだ。今回は神戸、大阪、沖縄、東京の4カ所での開催が実現した。
福音を伝える事と礼拝の充実は車の両輪のように、どちらか一方では前に進まない。僕はこの15年の間、もっぱら礼拝の充実のために情熱を傾けてきた。もちろん宣教の働きを無視してきたと言うのではない。教会という器が整えられなければ宣教の実が結ばないと実感したからだ。しかし、この15年を振り返って感じるのは、宣教の働きが縮小されてきているという事だ。少し内向きに片寄った気がする。礼拝と宣教は、礼拝から宣教へ宣教から礼拝へと、互いによって一つの円が形成される。今この日本に必要なのは宣教への情熱なのだ。来年はプロテスタントの宣教150年を迎えようとしている。それなのに日本のクリスチャン人口は未だに1%の壁を破れないでいる。少なくてもクリスチャンには一億二千万の全てに福音を伝える義務がある。こういう時期に出会いのコンサートが復活したのは神の導きなのだろうと私は思う。
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とユーオーディアとのコラボレーションは今までにあったようで、純粋にこの二組だけでコンサートをするのは初めてかも知れない。伝道を目的としたコンサートなので曲間に曲の説明だけでなく証を入れたり、ショートメッセージを入れたり、質の高い音楽と相まって非常に良い伝道コンサートになったと思う。これは僕だけの感想ではなく、ユーオーディアのメンバーも同じ思いだった。
私もユーオーディアもお互いの働きの中で少しずつレベルアップされてきたと思うし、お互いの信頼感も深まっている。だからまず演奏者自身が楽しめたのだ。欲を言えば、もっと多くの人に来てほしかった。クリスチャンだけでなく、まだ福音を聞いたことのない人たちにもっと来てほしかった。
回収されたアンケートには「友人を連れてくればよかった」とか「こんな良いコンサートならもっと多くの人を誘えばよかった」といった感想がたくさん残されていた。かつての出会いのコンサートでも同じだった。その残された感動を次の期待に結びつけようとして毎年継続してきた。それが16年も続いた動力だ。これで終わってしまっては残念だと、また今回も同じ思いを抱いている。

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